風邪で寝込んでしまい,更新が遅れましたが,前回の続きです!
そのお寺から200メートルほど離れた川のほとりに,小さなお堂がある。
そこでは季節に関わらず,たくさんの人がお参りにやってくる。
お堂の周りには,蓮や線香を売る人,鳥を売る人(願を掛けて飛ばすと,鳥を解放した功徳で願いが叶うと言われている),物乞いをする人が集まる。
お堂の前では参拝客の靴を預かることで,参拝客から施しを得ているおばあさんたちがいる。

※お堂に来る参拝客とお堂周辺で働く人々

※参拝用に販売しているお供え
そんなおばあさんたちの中の一人,パウさん。72歳。
今は一人で近くのお寺で暮らしている。お寺での寝泊りはただではない。宿泊費,食費を支払わなければならない。
夫は先に亡くなった。子供たちが田舎にいるけれど,彼らの生活も貧しく,世話になることはできない。一人で毎日,参拝客の靴を揃えて生活を続けている。
「お盆の間は,たくさん人が来るし,食事はお寺で取れるし,少し楽なんじゃないですか?」
と聞くと,
「普段より大変だよ」。
と意外な返答が返ってきた。
この時期は街中の最貧者がお寺やお堂に集まる。お寺では食事の時間になるとみな我先にと取り合いになる。高齢の彼女には,そんな競争に参加することはできない。
それにたくさんの貧者が集まるこの時期に,治安当局が野宿者の取締りを強化するそうだ。そんな魔の手から逃れ,お布施の取り合い,食事の取り合いと,この15日間は,高齢な彼女にとってはとても苦痛な意味を与えるのだ。
カンボジアの仏教,お寺は,社会的弱者を支援するという福祉的な側面を有していると言える。しかし,貧者の中の弱者を保護するような機能はなく,お寺が日常的に貧者を支援するような機能は低い(そんな機能があったら,混乱を来たすだろうけど)。
「お盆(ボン・プチュムバン)」と一言でいっても,社会を構成する様々な層それぞれの人にとって持つ意味が大きく異なる。
明日,お盆の最終日を迎え,カンボジアの一大年中行事が終わる。
そのお寺から200メートルほど離れた川のほとりに,小さなお堂がある。
そこでは季節に関わらず,たくさんの人がお参りにやってくる。
お堂の周りには,蓮や線香を売る人,鳥を売る人(願を掛けて飛ばすと,鳥を解放した功徳で願いが叶うと言われている),物乞いをする人が集まる。
お堂の前では参拝客の靴を預かることで,参拝客から施しを得ているおばあさんたちがいる。

※お堂に来る参拝客とお堂周辺で働く人々

※参拝用に販売しているお供え
そんなおばあさんたちの中の一人,パウさん。72歳。
今は一人で近くのお寺で暮らしている。お寺での寝泊りはただではない。宿泊費,食費を支払わなければならない。
夫は先に亡くなった。子供たちが田舎にいるけれど,彼らの生活も貧しく,世話になることはできない。一人で毎日,参拝客の靴を揃えて生活を続けている。
「お盆の間は,たくさん人が来るし,食事はお寺で取れるし,少し楽なんじゃないですか?」
と聞くと,
「普段より大変だよ」。
と意外な返答が返ってきた。
この時期は街中の最貧者がお寺やお堂に集まる。お寺では食事の時間になるとみな我先にと取り合いになる。高齢の彼女には,そんな競争に参加することはできない。
それにたくさんの貧者が集まるこの時期に,治安当局が野宿者の取締りを強化するそうだ。そんな魔の手から逃れ,お布施の取り合い,食事の取り合いと,この15日間は,高齢な彼女にとってはとても苦痛な意味を与えるのだ。
カンボジアの仏教,お寺は,社会的弱者を支援するという福祉的な側面を有していると言える。しかし,貧者の中の弱者を保護するような機能はなく,お寺が日常的に貧者を支援するような機能は低い(そんな機能があったら,混乱を来たすだろうけど)。
「お盆(ボン・プチュムバン)」と一言でいっても,社会を構成する様々な層それぞれの人にとって持つ意味が大きく異なる。
明日,お盆の最終日を迎え,カンボジアの一大年中行事が終わる。

anaさん、すいません。名前変えました。詳しくは私のページの日記を参照ください。
風邪をひいたみたいですが、大丈夫??
日本だとなんとか老後の生活も保障されてるのかなーという気がしますが・・(年金・だめなら生活保護とか)カンボジアではそうではないのかなー。
風邪はゆっくり休むのが一番です。
お寺の寝泊りも有料なんですか。結構世知辛いですね。
社会が大きくなると。弱いものを助ける制度というのは網が大きくなってしまって、落ちこぼれる人がですようです。社会が小さいほうがオーダーメードの支援ができるのかも。
農村では、おじいちゃんおばあちゃんは、日本のおじいちゃんおばあちゃんより幸せそうです。
たくさんの家族に囲まれていて、沖縄のおじい、おばあと同じかな。
風邪、だいぶよくなりました。
都市の貧困層が一番ひさんな感じです。
農村的な共同体も崩壊して、しかも社会福祉はありません。
時間があれば、お寺で暮らすおばあちゃんたちに話を聞きに行ってみます。
日本のホームレスも悲惨ですよね。少年に殴り殺されたりする危険もあるし。
お寺での寝泊りや食事も費用がいるんですね。
高齢になるほどお金というのは稼ぐには大変な中、それでも生きていくために必要なものでもあったり…
現実は複雑な感じがしました。
どの国も何となく似ている気がします。
良い部分も大変な部分も。
anaさん、風邪はもう大丈夫ですか??
お身体お大事にしてくださいね。
日本のホームレスはカンボジアの都市ホームレスよりもっと悲惨だと思います。
冬は寒くて凍死することもあるし、日本社会は非常に彼らに対して冷酷です。
そうなんですよねー。
世の中は厳しくて、とても複雑です。
1つの物事も、いろんな人の視線でみると、全然違うように見えるんです。
風邪、だいぶ良くなりました。なかなかひつこい風邪です。
日本は季節の変わり目。kiyoさんもお元気で!