ミツバチのささやき

女子大学院生日記。カンボジアのこと,映画のこと,三線のこと,アートなこと,日々の徒然。

村の女性は結婚が早い。
私の年齢では完全に行き遅れである。

というわけで、村の皆さん,独身で彼氏もいないという哀れな私をたいそう心配してくれる。
お気遣いは嬉しいが,けっこう迷惑だったりする。

先日は、お寺に高学の僧がいるからと連れて行かれた。
タイのチュラロンコーン大学で学士に在籍中の僧。確かに村ではかなりの高学歴だし,確かに頭の良い僧侶なんだろう。

世話焼きのおばさんは,

「還俗すれば結婚もできるしね。すぐに毛も生えてくるから」

って,そういう問題じゃぁない。

僧侶より下段に座り,僧が出てくると三度礼拝し,僧侶と話す時は,主語を変えたりしなくちゃならない。
戒律を守る僧侶は恋愛もご法度。

でも,そのお坊さん,夜電話を掛けてきて「元気?」とかなんとか。
それでいいのかカンボジアの僧侶!?


隣の家の親戚のお兄ちゃんは,毎週末,ステイ先の家にやってくる。

家の人たちは「anaの彼氏がまたanaに会いに来たよ」とか言って笑っている。

カンボジアでは結婚までの手順として,男性側の親族が女性側の両親に結婚を申し込むことから始まる。

ステイ先の奥さん,

「求婚を受ける時は,私がanaの両親に代わって聞いてあげるから」

とか本気なんだか冗談なんだか。

それでもって,家の娘は人に私の電話番号を勝手に教えるし…。


やめて〜!
カンボジアの人がイヤだというわけでは決してないけど,自分の婿は自分で探しますから〜。

カンボジア語には,「おはよう」や「こんにちは」という挨拶の言葉はあるにはあるが,実際にはほとんど使われていない。

朝起きても,家に帰っても,特に何の挨拶の言葉を交わさないので,未だになんだかとても居心地が悪い感じがする。

しかし,村の人たちはお互いに頻繁に声を掛け合う。

知っている人とすれ違うと,
「どこ行くの?」「どこ行ってきたの?」「もう帰るの?」「何してるの?」「(市場帰りの人に)今日は魚がたくさんあった?」等々。

挨拶の代わりに,常に質疑応答の形式で言葉をかわす。

というわけで,村の中では私も人とすれ違う度に質問を受ける。

「どこ行くの?」「何してるの?」…。

できるだけたくさんの村の人と知り合いになることを目標としているこの時期,特にあてもなく村をぶらぶらしている私には答えにくい質問だったりするわけで,

「えーーーっと」

とか言ってるうちに,自転車やバイクに乗った相手ははるか遠くに行ってしまっていたりする。

バイクの速度に合わせられるようになるには,当意即妙を身につけねば。
農村に入る前に想像していた村生活には,2つの大きな誤りがあった。

1つめの誤り。

「村の生活は人も少なく静か」。

全然,まったくの誤り。

家の中は常に子供や近所の人がウロウロウロウロ。
村を歩くと,視界の中に常に3人ぐらいの赤ん坊がいて,あっちでギャーギャー,こっちでビービー。
子供がケタケタ笑いながら遊び,ラジオが大音量で流れ,あちらこちらに繋がれている牛の“ンモー”という一鳴きもけっこうな音量だ。

村の生活は「人が多くめちゃくちゃ賑やか」が正解。


次の誤り。

「村生活は痩せられる!」。

期待してました。村の生活に入ったら,食生活も貧しいだろうし,痩せられる!やったー!
ところが,ところが。

基本的な三度の食事はステイ先の家でいただく。夕食後には豆やバナナ,もち米,ココナツミルク等を使ったデザートを出してくれる。
それがまためちゃくちゃうまい。ついつい,おかわりしてしまう。

それに加えて,村の中を歩いていると,色んな人から声が掛かかる。
「バナナが取れたから食べていけ」とか,
「お坊さんに寄進するおやつ(といっても,ラーメン一食分ぐらいある麺)ができたから,食べていけ」とか。
何か行事を覗きに行くと,必ず食事が出てきて「どうぞ,どうぞ」と勧められる。

村の人たちと良好な関係を作ることを目標としているこの時期,勧められると断れず,気がつくと1日に5食ぐらい食べていたりする。トホホ。

村の生活はズバリ「太る!」。

これが村生活の実際です。